ABOUT US通町商店街について

とは?
香川県丸亀市の中心街に位置する“通町商店街”。丸亀市のシンボルである丸亀城や丸亀駅に近く、地域に生きる人々の暮らしを見守ってきた商店街です。また、商店街としての役割である買い物や観光だけでなく、地元のお祭りや文化の中心として丸亀市のあらゆる地域生活を盛り上げてきた舞台兼立役者でもあります。
商店街の創立から数えて、今まで長い年月が経ちました。日々の中で人々の生活圏やライフスタイル、趣味嗜好などが変わっても、通町商店街の役割は変わりません。時代とともに変わりゆく丸亀市の人々の地域生活に寄り添い、これからも丸亀市における地域文化の発展と継承に努めていきます。
本サイトは、日々地域活性化に取り組んでいる通町商店街の取り組み等を広く知っていただける架け橋になればと思い設立されたサイトです。地域社会の一員としての商店街をより深く知っていただけるきっかけとなれば幸いです。
HISTORY

通町商店街の歴史沿革

通町商店街のある丸亀のまちなかは、丸亀城の城下町であり、金毘羅参りの玄関口として栄えてきた場所です。 江戸時代には、現在の通町商店街付近まで入海が入り込み、小さな船による物資の輸送も行われていました。 城、港、街道、人の往来が近い距離で重なっていたことが、通町周辺に商いの土台を育てていきました。

1597年

丸亀城築城のはじまり

生駒親正が亀山に城を築き、丸亀城と名付けたと市の資料に整理されています。通町商店街そのものを指す時代ではありませんが、後の城下町形成の起点となりました。

1641〜1658年頃

城下町の町割りが整う

山崎氏によって丸亀城が再建され、丸亀城を中心に町割りがほぼ整ったとされています。大手町地区は城下町としての骨格を持ち、通町周辺も港や城下町の空間とつながっていきました。

江戸時代

通町の入海と物資輸送

市の大手町地区資料では、通町の入海は町の中ほどまで入り込み、比較的小さな船による物資輸送が行われていたと紹介されています。通町は、城下町の商いと水運の記憶をもつ場所でもあります。

江戸中期以後

金毘羅参りと丸亀街道

金毘羅参りが盛んになり、丸亀街道は金毘羅五街道のうち最も栄えた街道とされています。太助灯籠から琴平の高灯籠まで約12kmの道のりを多くの参拝者が歩き、丸亀のまちなかに人の流れを生みました。

大正時代頃

中央商店街の形成

丸亀市産業振興計画では、通町・富屋町・浜町・本町の4商店街で構成する丸亀市中央商店街が形成されたのは大正時代頃とされています。

大正末期〜昭和初期

商家建築の記憶

通町28番地の「秋寅の館」は、秋山寅吉氏の商いを背景に、大正末期から昭和初期頃に建立された商家建築を再活用する施設です。通町に残る近代商業の記憶を今に伝えています。

昭和60年頃まで

広域から人が訪れたにぎわい

中央商店街は、昭和60年頃までは大変にぎわいのある商店街だったとされています。買回品を扱う店舗も多く、丸亀市内だけでなく比較的広い地域から買い物客が訪れる場所でした。

平成初期以降

郊外化と中心市街地の変化

郊外型大規模小売店の出店が進み、中心市街地で営業していた大規模小売店の撤退もあって、中央商店街を取り巻く環境は大きく変わりました。丸亀市の資料では、この20年間で中央商店街が急速に衰退したと整理されています。

2000年代以降

まちなか再生への取り組み

中心市街地活性化、空き店舗対策、秋寅の館の再活用、スペース114の整備など、にぎわいを取り戻すための取り組みが進められてきました。近年はリノベーションまちづくりやエリアプラットフォームなど、民間と行政が連携する動きも広がっています。

NEXT ROLE

歴史を受け継ぎ、まちなかの次の役割へ

通町商店街は、買い物の場としてだけでなく、丸亀駅、丸亀港、大手町地区、丸亀城を徒歩でつなぐ回遊の途中にあります。 丸亀市のまちなか再生では、港から駅、商店街、大手町地区、城へと人を誘う工夫が重視されており、通町商店街はその動線上にある大切な場所です。 これからも、日常の買い物や飲食、イベント、文化活動、観光の入口が重なり合う場所として、丸亀らしい時間を受け継いでいきます。

参照ソース

本ページの歴史沿革部分は、公開されている下記資料を参照して作成しています。

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